ペットロス症候群   泣け!!

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これは実家にある愛犬の仏壇。

名を「コナン」という。柴犬の血が濃い雑種(♂)。

2015年6月25日、17歳で天国へ旅立った。

亡くなってから1年以上が経過したが、

それでもコナンを思い出さない日はない。

僕たち家族にとって、コナンはかけがえのない存在だ。

外でどんなに嫌な事があっても、

家に帰ればコナンが尻尾を振って迎えてくれた。

それだけでよかった。コナンが居てくれるだけで人生が楽しかった。

だが、それは永遠に続くものではない。

コナンが亡くなったあの日、僕は目の前が真っ暗になった。

大袈裟に聞こえるかもしれないが、今後の人生に絶望してしまった。


    コナンはもういない


そう思うと、気が狂いそうになった。

「わかっていたはずなのに」

1998年5月2日にコナンを迎えてから、

「いつかは来る」とわかっていた日が、17年後に来ただけの話。

その時の覚悟なんてとっくに出来ていると思っていた。

だが、実際は違った。

全てを承知で、覚悟も出来ていたつもりでいたが、

実際は極力考えないようにして、自分の感情をごまかしていた。

そんな状況で迎えた「コナンの死」。

「コナンが死んだ今、僕はどうしたらいいんだろう」

なにもわからなくなった。

仕事が手につかず、食事も喉を通らない。

激しい悲しみと喪失感に襲われ、丸3日間、夜も眠れず。

自分で考えてもわからない。

だが、きっと何か解決策はあるはずだ。

「わからない」と言いつつも、僕は、

「この激しい悲しみと喪失感は何なのか」

という事を必死に考える。

その答えが見つかったのは、コナンが死んでから4日目の夜だった。

思考に行き詰まり、藁にもすがる思いでネットを検索。すると、

ペットロス症候群の回復プロセスについて説明しているサイトに行き着いた。

そこに書かれていたのは、


         愛犬の死を現実としてしっかり受けとめること

         悲しさを隠さず、涙が出るなら思いっきり泣くこと


これを読んだときにハッとした。

「いつかはこのときが来る」とわかっていたつもりで、実際には考えないようにしていた。

それはつまり、

心の奥ではコナンがいなくなる事を恐れるがあまりの現実逃避だった。

この時点で、僕はまだコナンの死を現実として受け止めていなかったのだ。

思えば、ペット霊園でのコナンの葬儀に際しても僕は泣かなかった。

それは泣けなかったのではなく、泣きたいのを我慢していただけ。

ここで嘆き悲しんでしまったら、

それは「コナンはもういない」という事を認める事になってしまう。

結局、僕は葬儀の場においても、

コナンの死を現実として受けとめていなかった。

その事実をはっきりと自覚したとき、

僕はコナンが亡くなってから初めて大声で泣いた。

そして4日ぶりに少し寝た。


翌朝、いくぶん気が晴れた気がした。

まだまだ悲しみは大きい。

少し思い出しただけで大量の涙も出る。

だが、流した涙の量に比例して、僕の心は快方に向かっていった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




解決策を求めてネット上をウロウロしていたとき、

「虹の橋」

という一種のおとぎ話のようなものを見つけた。

おおまかに言うと、

「生涯を終えたペットは、あの世の手前にある虹の橋のたもとで、

 同じく生涯を終えた家族が迎えに来るのを待っている」

 (ノД`)・゜・。

みたいな感じ。

・・・ふーん(-_-)

なんだがずいぶんと都合のいい事ばかり書き連ねた文章ですこと・・・。

いやまぁ、愛する家族を失って悲嘆にくれる人を救おうという善意から生まれた物語なんだろうし、

実際にこれを読んで救われた人も多いらしいんで、

あまりボロカスにけなすのも良くはないのはわかるんだけんども・・・。

・・・どうっすかね(。´・ω・)?

冷静な視点で読むとツッコミどころ満載よ、これw

僕が求めていたのは、あくまでも「現実的な解決策」だったわけで、

このような夢物語(失敬)じゃないんですわ(・∀・)

だってこれはこの世の全てを見通した神様が言ってるわけじゃない。

結局は人が作ったお話しでしかないわけで・・・。

っていうか、

こんなおとぎ話に頼ってる時点で現実逃避だろがっ!!(; ・`д・´)


はい、これはアウト(´▽`)♪


愛する家族を失って傷ついた32歳成人男性の心は、

こんな子供だましでは癒されませんことよ(*‘∀‘)

と、各方面から総スカンを食らいそうな事を言っているのは自覚しているので、

「虹の橋」はこの辺にして・・・。



愛する家族を失って悲しみに暮れたとき、

その悲しみを周囲に打ち明けようと思うなら、

相談相手はよ~く選んだほうがいい。

まず動物と共に暮らした事がない人は避けるべきでしょうな。

打ち明けられても経験がないから答えようがないし、

最悪、無神経な一言で傷をえぐられる可能性がある。

よくあるのが、

「泣いても○○は帰ってこないぞ!」とか、

「泣いてばっかりいたら○○が悲しんで天国に行けないよ!」とか。

要は「泣くな」という事らしい。

なんでよ?

悲しかったら泣くのは人間の本能。それを隠そうとするから悲しみが尾をひく。

実際僕がそうだった。

なので、相談相手の理想は「同じ経験をした人」。

そういう人がいないなら、せめて「今現在、動物と一緒に暮らしている人」。

そういった人なら、自分の気持ちを痛いほどわかってくれるに違いない。

同じ経験をした事がある人の前で、
涙が枯れるほどおもいっきり泣く


これが理想形(-。-)y-゜゜゜

冷静になって考えてみると、

「泣くと死者が悲しむ」というのは、やっぱり大間違い。

いずれ自分が死んだとき、霊魂となって自分の葬式を見ていて、

参列者が誰1人泣いていなかったとしたらどうだろう。

それこそ悲しくなるんでないのかな。

つまり逆ですよ逆。 「泣くと悲しむ」のではなくて、

「泣かなければ悲しむ」ってこと。

言い換えれば「泣いて悲しむ姿を見せることが最大の供養」。


だから僕は、ペットロスに苦しんでいる人がいたら声を大にして言いたい。

「とにかく泣け!!ただ、ひたすらに!!」とね。


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